長男は自閉症 ~幼稚園 2~

年も明け、段々と幼稚園に慣れていったシン。
後3ヶ月で年長さんだね。
というこの頃、年長はどうしようか?
このままこの幼稚園で卒園させるか、それとも通所の方に変わろうか?
そういう事をTから話をかけてきた。
私は後1年なんだから、このまま卒園させてやりたい、と思っていた。
だって、やっと友達が出来て、あだ名で呼ぶようになってきてるのに。
その年の3月、某クリニックを通所から紹介してもらった。
そのクリニックがある、ということも知らなかったし、教えてもくれなかった。
こっちから言わないと、何も動いてくれない通所だった。
紹介してもらい、そのクリニックで診察してもらい、そこで「自閉症です」と診断された。
受け入れることができず、私は自分の親にも聞いてもらうため、お願いした。
自閉症ってなに?
なんで?
葛藤の毎日だった。

とても辛かった。
なかなか受け入れず、「この子は自閉症です。」なんて、他人にはどうしても言えなかった。
自閉症=親の躾がなってない、親の責任
という図式があてはまっており、私は自分の親からもそう言われ続けた。
どこにも逃げる場所がなく、ただ一人で泣いていた。
今、こうやって書いてるだけでも、思い出しては泣いている。(現、19歳)
その頃の事を思い出すからだ。
それを救ってくれたのが、2歳の次男ユーだった。
「お母ちゃん、泣いたらダメよ」って、私の頭をなでなでし乍ら優しく言ってくれた。
何もする気が起きず、食べる事もしなくなったからだ。
子供なりに気を使ってくれたのだ。
そのユーにも申し訳なく、それじゃぁ・・・、外で食べようか。
外に出れることが嬉しかったせいか、とってもはしゃいでいた。
それから、私は変わった。
子供にはなんの罪もない。
私に元気がないと子供まで影響する。
遅ればせながら、そう気付いた。


年長になって、シンの担任が変わった。
とても親身になってくれる先生だ。
年中さんの時のT先生よりも、柔軟な先生。
「あれを、こうやりました。そしたらね、・・・」
って、連絡帳、卒園までの1年で3冊に及んだ。
色々と手を変え、品を変えながら、してくれたこの先生。
お陰で、シンは送迎バスに一人で乗れるようになった。
この幼稚園にして良かったな^^
本当にそう思えた私。
年長さんになったら、できる事が増えていき益々活発になってきたシン。
そこで、私はピアノも習うように取り入れた。
リトミックみたいな感じになるかもしれない、とピアノの先生には言った。
そしたら、「良いですよ。」との返事。
これで、週に2回、習い事が決まった。
水泳教室はね、年中さんから習わせていたからね。
元々、私自身水泳のコーチ、ピアノの先生もやっていたので、子供にも習わせたという(^^
そうこうしていると、運動会の季節。


一番泣いた時は、年長さんによる鼓笛隊。
小太鼓でドンドン♪
叩くのが嬉しくて、家でも練習していたシン。
お陰で、ドラムを買う事になったけど、それでストレス発散もしていたんだよね。
嬉しくて、飛び跳ねることもなく、神妙な面持ちでリズムも狂う事なく、叩いていた。
予行演習のときもそうだったけど、本番の時も私は泣いた。
よくぞ、ここまでがんばってこれたねって^^
もう、とっても嬉しくて嬉しくて・・・

書きながらでも、泣いてるし(〃∇〃) てれっ☆



3へ、続く


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