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言葉の虐待に対して、私の思い

Twitterの本垢でなく、別垢の方で、思わず反応して書いてしまった私の呟きに、RTと💛を頂きました。

その人の呟き「1/2の成人式は・・・」というもので、

私は自分の親の事を書いたのね。


口癖のようになっている、特に、私の父。
 「育ててやったのに・・・」
とか、
 「金を出して短大まで出させてやったのに…」
とか、
 「2年で卒業するのに、3年も行かせてやったんだ・・・」
とか、

挙句の果てには、
 「結婚相手の事は詳しく調べるものだろう」と言って、自分の知り合い等を使って、大黒柱の事を調べていたらしい。
文句を言いたかったのだろう。
それでも、文句が言えずに、言ってきた言葉はこれだった。
 「なんで転勤族と結婚するんだ?子供は親の近くに暮らすものだろう!」

凄く腹が立った。
腹が立って、涙が出たものだった。
その涙を、間違った解釈をして言ってきた言葉。
 「そんなに泣く様な男じゃないだろ」

ああ、本当に、この父は子供の事を分かって無い。
分かろうとしないんだな、と思った時だった。


こう言ったら結婚した大黒柱には悪いだろうけど、
 「私は親の元が嫌で、転勤族の人と結婚したら、色々な土地に行けて、親から離れられる。
嬉しいな」
本当に、そう思ったものだ。

でもね、その人との出会いは英会話サークルで出会った仲間なのよね。
だから、一応、バイリンガルだったの(ここ強調w

今?
今はねー・・・・・・・・・

英語の「え」の字も触れてないのではないかな?_?


私は、ちょっとした仕事で英語で会話を交わすほどだけど、
大黒柱に至っては、次男坊に「英語を教えてやる」と言っても、次男坊は疑心暗鬼だったからな。
その証拠に、
 「お母ちゃん。お父ちゃんって本当に英語喋れたの?」
って、聞きにきてたもの。
 「そうよー、一緒に英会話サークルに言って日常会話とか、喋りまくってたよ」
とフォローすると、即答でした。
 「まだ、お母ちゃんの方が良い」と。

お父ちゃんの威厳台無しじゃん。。。

そのお父ちゃんも、高校3年生の教科書を開いて、一言でしたからねー。
 「俺たちの頃と、中身が違う・・・」

思わず笑っちゃいました~


おおっと話が逸れた(^-^;

我が家では、感謝の押し付けはしてないので、1/2の成人式も20歳になった成人式も必要無いと思ってるのよね。

私が20歳になった時、「成人式だから、着飾らないとね」と母の一言で、私は即答してました。
 「行く気ない」
と。

なら、凄い形相で怒られちゃいましたよ。
 「今迄育ててやったのよ。成人式には行くものよ!」
 「地元なんて嫌いだから、余計に行きたくない」
 「振袖着て、化粧すれば分からない」
 「行きたくないです」
 「もう振袖を予約したから行くの!」

と、押し切られて行かざるをえなかった。

その成人式が終わると、中学校の同窓会があって、皆、着飾ってたわよ。
女性陣は振袖のオンパレード!
嫌だったね。

なんで、皆が皆、同じ様な恰好してるのよっ!て、思ったものだ。

だから、私は余計に人とは違う物を持ち、身に付ける様になったのね。

軽食後、カラオケタイムになって、その場でカラオケ。。。
えー、場所変えようよ。
でないと、私、帰れないじゃん。

楽しくなかった。
なにしろ、地元が嫌いで、中学校までの皆も嫌いだったから。

親からは言葉の虐待を受け、
同級生たちからは虐めを受けていた。
それを相談する相手もいなかった。


だから、自分の世界に浸って、自分の世界に逃げ込んでいた。


そんな根暗な生活をしていた私に、高校進学の話がきた。
父は、地元の高校に顔が効くから、家庭教師を付けてきた。
母なんて、父の言葉に逆らえないので、「勉強しなさい!」と、そればかりだった。
出来の悪い子に、いくら言っても無理な言葉というのはあるものです。
どう勉強すれば良いのか、それが分からなかった。
両親に勉強を教えてもらおうという気すら起きなかったものだ。

だから、自分の部屋に逃げていた。
その頃、弟の反抗期が重なったからだ。


私の両親は、見栄っ張りで、よく他人と比べる。
 「あの子は出来るのに、なんでお前は出来ないんだ」
とか、
 「あの子はにこやかに笑顔で話し掛けるのに、なんでお前は笑顔を出さないんだ」
とか。
挙句の果てには就職にまで手を出してきた。
バイト先から就職の内定をもらう前に、決めさせられた。
勝手に大学へ話を付けたみたいだった。
 「ここの専務とは仲が良く、色々としてくれる。だから、ここへ行け」
嫌だ、と言っても、子供の言う事は頑として聞かない父。

そう言われ、仕方なく入社・・・。
私はコネ入社なので、本社から営業所に移ると虐められていた。
 「入社試験も受けてないヤツを、ここは受けるのか」等と言って、物を投げつけてきてた。

だから2年間勤めて辞めた。
言葉の虐めは耐性がある。だから、まだなんとかやっていけるが、物を投げつけられて痣を作ってまで、その会社に勤めようという気は無かったから。

それからは、自分で勝手に仕事先を決めたものだ。
どんなに文句言われても、自分で決めた。


外面の良い両親は、私の事を知ろうとしない。
結婚して子供が2人生まれても、
 「今度は間違えない」という母の言葉に嫌悪を抱いたものだ。

何が間違えないんだ?
恐らく、今迄の子供2人は子育てを間違えたから、今度は間違えない。
そういう意味なのだろう。
そして、長男は半年ほどジジババの家に取られた。




20才をとっくに過ぎた長男は、ジジババの事を地名で言う。
 「おのみち」と。

次男坊も、電話があって私に変わる時は、地名で言ってきたものだ。
 「尾道から」と。


ああ、地名、出しちゃったよΣ(; ̄□ ̄A アセアセ




今では、その母も認知症。
その介護とか、これからの事を話すという時期にきて数年経ってる。
のにも関わらず、父は言ってくる。
 「今迄育ててやったのは誰だと思ってる?」
 「普通なら、短大は2年間だ。3年間、行かせて貰ってありがたいと思わんかっ」
 「金を出してやったのだから、親の言う事は聞くもんだ」
 「いつも、何を考えているのか分からん」
 「親の事をどう思ってる」

そう言ったかと思えば、こんな風にも言ってくる。

 「育てて貰ってありがたいと思わないのかっ」
 「金を出してやったのは誰だと思ってる」
 「育ててもらったのだから、恩を返すものだろ」
挙句の果てには、
 「親が認知症なんだ。可哀相だとは思わないのか」
 「今迄は、何でもできて、あんなに賢くて美人だったのに…。今では、すっかり骨と皮だけ…。
そういう母親を見て、何とも思わないのか」
 「辛いね、可哀相だね、なんて言葉は出てこないのか」
 「そんなのは子供じゃない。子供なら、『どうしてるのですか?』等と言って電話でもしてくるもんだろ」
 「子供ではない、親戚のおばさんから言ってくるのに、うちの子供は揃いも揃って何も言ってこない」
 「親子の絆は無いのか」


私は、何も言いたくない。
それに、絆?
絆って言ったの?

言っておくが、その絆は、どういう意味ですか?
一度だけ、そう質問した。
それに、父は、こう返してきた。
 「それも分からないのか…。
親子の絆は、親にして貰ったのを返すものだ」

私は、あんた達から何も教えてもらってない。
自分達の過去を美化して、今更な事を言ってくる父に、はらわたが煮えるわ。

私は、親子の絆は無いけれど。
人間としての絆は、教えてもらった。
それは、あんた達ではない。
全く、別の人間に。

今では、もう死んじゃったけど。
あの人の、あの言葉は何十年経った今でも覚えてる。
 「あんたは、そのままで良いんだよ」

長崎の、お婆ちゃん。
貴方に会えて、本当に良かった。
私、人間として生きてるよ。



それに、私もそうだけど、大黒柱も、子供には何も言ってない。
 「親に感謝しろ」という言葉なんて、必要ないよ。


でも、たまに連絡がくる。
この間の母の日に、次男坊からLINEがきた。
 「お金無いから何も買えないけど、母の日おめでとう🍰」
って。
 「ありがとう。でも、なんで🍰?🌸では無いんだ?」
 「お母ちゃんは、花より団子だもんね」

だってさ。


この野郎・・・
それでも、嬉しかったよ。



長くなりまして、すみません。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました<(_ _)>






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