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毒父母へ。”普通の家”とは、あんた等の言う”普通”とは違う。

毎回ヒッチハイクしながら行くのも無理がある。
ある日、お婆ちゃんに話していた。
そしたら笑ってくれた。
 「何時でも良いよ。来たくなったら来れば良い。待っとるさかい」
 「ありがとう」

ここでは素直になれる。
敬語を使わなくても良い。
等身大の自分になれる。
それが、どんなに嬉しい事か。

そんな私に、お婆ちゃんはよく言ってくれてた。
 「人間って、誰かと比べて優越感持ちたい人が多いんだ。
その代り、嫌な思いをして劣等感しか持たない人もいるんだ。
だけど、劣等感しか持たない人を誰も見ようとしない。
どうしてなのかは分からんが、比べなくてもいいじゃん。そう思ってるよ」
その言葉に、どれだけ救われたか。
無口では無いが、それでも喋りが好きな人でもない。
そのお婆ちゃんに私は癒されていた。

お婆ちゃんの孫は私が来るのが分かるのか、いつも来ていた。
 「暇なの?」
 「あんたはサボリ?」
 「よう分かったなあ」

弟と話をする事は無かった私は、この長崎のお婆ちゃんの孫とは話をする。
まるで、本当の家族の様に。


高校を卒業してからの進路決め。
私は長崎に行くつもりだった。
だけど、毒父母は大学へ行かせる気満々だったらしく、しつこく言ってくる。
 「お前の頭だと無理だから賄賂の利く大学が良いな」
 「短大でも良いと思うわ」
 「それか、〇〇〇へ就職というのもある」
 「割と近くにあるし有名な所だから良いかもね」
等と言ってきていたが、ある日、毒父は言ってきた。
 「女は親の近くにいるものだ。それが普通の家だ」
 「隣の県でも良いわよ」

私は何も言ってない。
話しても無いし、一言も発言を許されてなかった。
この2人が勝手に決めた事だった。
推薦で決まった隣の県の短大。
そこは寮があったので、せめてもの癒しだと思った。
1年間、その寮で過ごしていた。

だけど、私の頭では留年するしかなかった。
毒父母は「せっかく入れてやった短大を留年なんて体裁の悪い事を、よくも平然としてくれたな」から始まり「どうして、こうなったのか反省して考えた事を言ってこい。合格の出る言葉を言うまでは何度も反省させるからな」との、お決まり文句が出てきた。

でも、私は寮生活で普通の家というものを知り、憧れていた。
自分の暮らしてきた家は普通ではない。
その1年間の寮生活で思い知ったものだった。


私の勝手な普通の家とは、
親は子に愚痴る事は無く、
怒鳴る事もせず、
威嚇する事も無く、
敬語も使わず、
優しく接してくれ、
笑顔を見せてくれて、
一緒に買い物に行ったり、
子供の話を聞いてくれ、
友達感覚で居れる。

そんなイメージを持つようになった。

ただ、私には友達が居なかったから友達感覚と言っても分からなかった。
友達が出来そうになっても、すぐ毒父母は、その子の事を調べて「あの家は駄目だ。あんなのと付き合うんじゃない。こっちの体裁を考えろ」と言って、友達が出来そうだった子と別れさせられたからだ。


それでも短大時代は仲のいい3人が出来た。
この4人で、ディズニーランドが完成した時、一緒に行ったものだった。



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